第15回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
おはようございます。
本日ご紹介する論文は、
Recurrence of breast cancer after regional or general anaesthesia: a randomized controlled trial.
Sessler DI, et al.
Lancet 2019; 394: 1807-15
です。
手術侵襲は患者のストレス反応を惹起し、免疫反応を抑制することで、患者予後を悪化させます。古く歴史的には、その制御のために麻酔が導入されたはずです。しかし麻酔法や用いる麻酔薬の種類によっては、免疫抑制をさらに助長してしまう可能性があることは多くの基礎研究で明らかにされています。とくに吸入麻酔薬とモルヒネを代表とする一部の強オピオイドによる免疫抑制が注目を浴びていますが、実臨床においては、確かに予後に影響するという結果もでていますが、影響しなかったとの結果もあり、麻酔法や麻酔薬の種類が患者予後に影響するというエビデンスがまだ十分ではありません。Prof. Sesslerらは、以前より麻酔や関連因子と患者予後に関する研究を行なっています。triple low、つまりlow blood pressure、low BIS、low MACが、術後30日内死亡率を増加させるという結果は良く認知されており、皆さんもご存知のことと思います。それ以外にも麻酔と患者予後に関して多くの研究結果を報告していますが、2008年にAnesthesiologyに発表し、その当時、私が非常にインパクトを受けた論文(Anesthetic technique for radical prostatectomy surgery affects cancer recurrence. A retrospective analysis.)から、まずは紹介しましょう。麻酔法と術後鎮痛の方法によって、前立腺癌術後の再発率、生命予後が変わるという論文です。全身麻酔に硬膜外麻酔を併用し、術後鎮痛も局所麻酔による硬膜外鎮痛を施行した(GA-EP)群と、全身麻酔と術後鎮痛としてiv-PCAにてモルヒネを投与する(GA-IV)群で比較しています。10年間の後ろ向き調査ですが、各群100名以上の症例をエントリーして調査した結果、GA-IV 群に比べ、GA-EP群はハザード比で0.43、つまり再発リスクを53%減少させたとの結果が得られました。経時的に再発のなかった率を図(下のSessler’s figureをクリックしてください)に表していますが、有意差は明らかで、当時、この結果に本当にショックを受けました。最終観察年の生存率は、GA-IV群で49%、GA-EP群で76%であり、硬膜外麻酔の鎮痛の有用性だけではなく、患者予後をも変える貢献を確信させました。ただし後ろ向き研究でもあり、前向き研究による裏付けは必要だったのでしょう。Sesslerらは今回紹介する前向き研究を実施するに至ったのだと思います。
Important Point Here!!
今回ご紹介する2019年にLancetに掲載された前向き研究は、アルゼンチン、オーストリア、中国、ドイツ、アイルランド、ニュージーランド、シンガポール、アメリカに渡る13病院において実施され、術前に治癒切除が可能と診断された女性乳癌患者を対象としています。約11年の研究期間のうち2132例のエントリーを得て、プロポフォールによる全身麻酔と傍脊椎ブロック(regional anaesthesia-analgesia)群と、セボフルランによる全身麻酔とオピオイド鎮痛(general anaesthesia)群にランダムに分けています。本研究のprimary outcomeは局所あるいは転移による癌の再発率ですが、median follow-up3年の間に、両群とも10%であり、有意差はないとの結果でした。つまり麻酔法や麻酔薬の種類によって、乳癌再発率は影響されないと判断されました。ただし筆者らは、より侵襲性の高い手術や、より鎮痛にオピオイド量を要する手術でのさらなる検討が必要と結んでいます。まだまだこの話題の解決には時間がかかりそうですが、患者予後のために少しでもストレス反応を抑えなければと常に意識することは、麻酔科医にとって枢要なことでしょう。