第22回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
股関節手術後の高齢者に、せん妄が生じやすいのはご存知のとおりです。入院による急な環境変化や寝たきりになることも大きな要因ですが、その他にせん妄発症に関連する因子として、高齢、認知機能障害、フレイル、教育レベルの低さ、疼痛、向精神薬の使用、低酸素、低血圧、麻酔時間延長、再手術、術後感染症、術後呼吸器合併症など、多数の関連因子が挙げられています。われわれ麻酔科医が主として関与する麻酔薬や麻酔法の選択が、術後せん妄発症に関与するのかは、これまで多くの検討がされてきています。中枢神経機能に関わる薬物の使用は、せん妄発症に関連しそうですので、全身麻酔よりも区域麻酔の方がせん妄発症抑制に有利のような気もしますが、これまでの代表的なシステマティックレビュー(Patel V, et al. BMJ open 2018; 8(12): e020757, Guay J, et al. Cochrane Database Syst Rev 2016; 2(2): CD000521 などをご参照ください)の結果では、麻酔法間でのせん妄発症率に差はないとの結果となっています。しかしそのレビューでも指摘されていますが、エビデンスの高い検討がされていないのが事実のようです。たとえば、研究ごとにせん妄の診断方法の統一が為されていなかったり、麻酔法の詳細が明確に書かれていなかったり、とくに区域麻酔でも鎮静薬の併用の有無の違いがあったりと、純粋に区域麻酔と全身麻酔がせん妄発症に及ぼす影響をメタアナリシスできないというリミテーションがありました。そこで今回ご紹介するランダム化多施設共同研究が計画されています。
Li T, Li J, Yuan L, et al. Effect of regional vs general anesthesia on incidence of postoperative delirium in older patients undergoing hip fracture surgery. The RAGA randomized trial. JAMA 2022; 327: 50-8
非常にIFの高いJAMAに掲載された論文です。対象は950名の高齢者(平均年齢76.5歳)で、脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔単独あるいは併用麻酔の区域麻酔群と、静脈麻酔薬、吸入麻酔薬あるいは両麻酔薬を用いた全身麻酔群の2群に分けて検討しています。区域麻酔群では鎮静薬は使用していません。せん妄の診断は統一した方法で、Confusion Assessment Method(CAM)を用いています。CAMを簡単に示しますが、①急性発症で、状態が変動する(急に精神状態が変化し、日内変動がある)②注意力欠如(すぐに気が散る、話の内容を追うのが困難)この①②の症状があり、次の③④のうち一つが認められればせん妄と判断します。③思考の混乱(支離滅裂、的外れな会話)④意識レベル変化(過覚醒:絶えず警戒している状態、嗜眠状態:うとうとしているが容易に覚醒する、昏迷:覚醒が難しい、昏睡:覚醒不可能)。対象の年齢は両群とも中央値で77歳、性差も同じ、教育レベルも同じ、ASA-PSも同じ、もともと痴呆症と診断されている患者も約40%前後と同じです。手術法ですが、closed reduction、open reductionの施行率も2群間に差はなく、外科医の手術習熟度にも差はありません。麻酔時間も中央値で2時間と差がなく、疼痛程度にも差がありません。輸血施行率も両群とも約15%と差がありません。唯一、術中低血圧の発生率には差が認められ、区域麻酔群で約32%、全身麻酔で約78%と、全身麻酔に不利な要件となっています。しかし結果としては、術後7日以内の術後せん妄発症率は、区域麻酔群で6.2%、全身麻酔群で5.1%と有意差はありませんでした。つまり多条件を一致させて、鎮静のない区域麻酔と全身麻酔を比較した場合でも、せん妄の発症率には差がないという結論です。麻酔法には影響されないようですが、大事なのは麻酔の質なのでしょうか?