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第23回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble

突然ですが、「Bezold-Jarisch反射」とはどんな反射か覚えていますか?

忘れたころにやってくる、麻酔中の突然の血圧低下と高度徐脈、こんな危機的な急変に関連する反射ですよね。たとえば、出血や脱水で血管内容量が減少している状態では、圧受容体反射により交感神経が緊張および副交感神経が抑制されますので、心拍数、心収縮力、血管抵抗が増加します。しかし輸液などで補正されていない状態では静脈還流が減少していますので、心室容積が満たされないまま心収縮力が増加し、過剰に収縮することで心室の機械的受容体が刺激され、交感神経緊張状態にありながら、血管拡張と心拍数減少をもたらすのがBezold-Jarisch反射です。もともと静脈還流が阻害されやすい状態、たとえば腹腔内の巨大腫瘍や妊娠子宮による下大静脈の圧迫、急激な体位変換などでも誘発されますので、覚えておくべき反射のひとつです。脱水や出血がなくとも、意識下で緊張が強い患者では、それだけで交感神経は興奮していますので、そこに頭高位などに体位変換し、急な静脈還流低下が加われば、突然の血圧低下と高度徐脈あるいは心停止が起こりえます。今回は、Bezold-Jarisch反射による心循環虚脱例を文献からいくつか紹介しましょう。

 

Case-1:50歳の男性。未治療DMあるが、血糖は許容内。右肩ローテーターカフ手術予定。入室時血圧160/90mmHg、心拍数70/分、心電図洞調律。全身麻酔はペントタール300mg、フェンタニル100µg、ロクロニウム50mgで導入し、問題なく気管挿管。50%N2O-O2、セボフルラン3%吸入、レミフェンタニル0.05γで麻酔維持。セボフルランを1.5%に下げ、アトロピン0.5mgを静脈内投与後、70-80度のビーチチェアポジション。1-2分後、心拍数<30/分、血圧70/40 mmHg、アトロピン0.5mg追加投与するも反応なし。仰臥位に戻し、エピネフリン10µg投与にて、心拍数90/分、血圧120/60 mmHgに回復。手術を延期し、head-up tilt test施行し、Bezold-Jarisch反射と診断。再手術時には術前に十分な輸液、β遮断薬の経口投与、前投薬として抗コリン薬と鎮静薬の投与、麻酔はデスフルランとレミフェンタニルで導入。体位変換時、反射は生じなかった。おそらく術前の脱水+ビーチチェアポジションが原因となった症例。(So J, Shim WJ, Shim JH. Korean J Anesthesiol 2013; 64: 265-7)

 

Case-2:37歳、妊婦、42週。経腟分娩予定で硬膜外無痛処置。進行遅く、帝王切開に。リンゲル液1,000ml輸液しながら、硬膜外に0.75%ロピバカイン3+12mlとフェンタニル50µg投与。仰臥位、左傾の体位。心拍数は120/分。フェニレフリンを繰り返し投与し血圧を維持。20分後、麻酔域Th3-4を得て、手術開始。急激に心拍数減少≒40/分。アトロピン0.5mg投与するも進行、血圧も低下し、心停止へ。アドレナリン0.5mg 投与、CPRしながらベビー娩出。心停止から60-90秒後、心拍再開。硬膜外麻酔高位遮断による交感神経心臓枝の遮断も関連するが、緊張による交感神経緊張から仰臥位低血圧症候群、静脈還流低下によるBezold-Jarisch反射が疑われる。(Oddby E, Hein A, Jakobsson JG. Int J Surg Case Rep 2016; 23: 74-6)

 

Case-3:35歳 35週の妊婦、160cm、104kg。妊娠糖尿病以外、検査上問題なし。帝王切開のため手術室入室時、血圧122/70mmHg、心拍数96/分。リンゲル液1000ml輸液。脊髄くも膜下麻酔 0.5%高比重ブピバカイン18mg投与。仰臥位後、血圧114/58mmHg、心拍数82/分。15分後、麻酔域Th5で手術開始。その後45分間、バイタルサイン安定。児娩出後に突然徐脈(8/分)となり、血圧測定不可に。子宮アトニーで大量出血(約1000ml)していた。エフェドリン12mg×3回にて反応せず。アトロピン1mg、ペンタスターチ輸液500ml急速輸液にて2分後に90/52mmHg、102/分、意識回復。下大静脈の圧迫が娩出によって解除されたが、同じタイミングで大量出血、結果として静脈還流減少、Bezold-Jarisch反射が生じたと考えられる。(Ou CH, Tsou MY, Ting CK, et al. Acta Anaesthesiol Taiwanica 2004; 42: 175-8)

 

Case-4:3か月の女児。巨大腹腔内腫瘍 143×83mm。術前胸部X-Pにて心肥大、心エコーにて左室収縮低下、EF43%、中等度MR。麻酔前の血圧100/50mmHg、心拍数129/分。全身麻酔はプロポフォール2.5mg/kg、フェンタニル3.5µg/kg、シスアトラクリウム0.2mg/kgで導入、直後に心拍数が60/分、血圧測定不可に。アトロピン0.02mg/kg投与するも回復せず。CPR開始、エピネフリン10µg/kg投与にて、心拍数110/分、血圧110/60mmHgに。麻酔導入により、巨大腫瘍による下大静脈圧迫増強、静脈還流低下でBezold-Jarisch反射が生じたと考えられる。(Yuan KM, Fu SY, Li J, et al. Medicine 2017; 96: e8304)

 

Case-5:50歳、健常男性、97kg。高位脛骨骨切り術予定。入室時血圧135/83mmHg、心拍数80/分。リンゲル液500ml輸液、レミフェンタニル25µgで鎮静後、L3/4より脊髄くも膜下麻酔施行。0.75%高比重ブピバカイン11.25mg+モルヒネ0.25mg。バイタル問題なし。13分後、術者が止血目的に、エピネフリン含有(5µg/ml)0.5%ブピバカイン20mlを局所注射。その後3分間は心拍数増加(74→90/分)。その後、48/分の徐脈。薬液準備中に心停止。アトロピン0.6mg、オンダンセトロン4mg投与後、30-40秒後に心拍再開、96/分。脊髄くも膜下麻酔後の静脈還流低下の状態で、エピネフリンによる心収縮力増加が、Bezold-Jarisch反射を招いたと推定される。(Martinek RM. Can J Anesth 2004; 51: 226-30)