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第26回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble

脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔時に、局所麻酔薬にオピオイドを添加することは、術中の鎮痛の質および術後鎮痛の向上を見据えての有効な対処法ですが、当然、皆さんご存じのことかと思いますが、その意義や安全性について再確認してみましょう。とくに脊髄くも膜下麻酔時のブピバカインに添加されるオピオイドに焦点を当ててみたいと思います。当院では帝王切開時によく利用されている手技です。帝王切開後の痛みは、創部痛と子宮収縮痛の両方によるものであり、創部に向けた局所麻酔薬による区域麻酔に加え、オピオイドによる内臓痛の緩和も重要です。Neuraxial anesthesia(脊髄幹麻酔あるいは神経軸麻酔、つまり脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔です)に用いられているオピオイドは、モルヒネとフェンタニルですが、遅発性の呼吸抑制のリスクを回避するという目的で、当院で見る限りフェンタニルを用いている方がほとんどと思います。モルヒネは水溶性であり、くも膜下あるいは硬膜外に長くとどまり、硬膜外投与時には静注量の1/10量、くも膜下投与時には1/100量という少量で、12-24時間程度、有効な鎮痛が得られる一方、投与量や患者状態によっては遅発性の呼吸抑制に注意が必要となります。それに対しフェンタニルは脂溶性ですので、作用発現が早く、術中の鎮痛を向上させますが、持続時間は数時間であり、術後鎮痛としてはこれのみでは不十分となりやすいので、NSAIDsやAPAPを用いたmultimodal analgesiaが併用されます。

 

まず、帝王切開時のくも膜下フェンタニルの効果を検討したRCTを集めたメタアナリシスの結果をご紹介します。

Uppal V, Retter S, Casey M, et al. Efficacy of intrathecal fentanyl for cesarean delivery: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials with trial sequential analysis. Anesth Analg 2020; 130: 111-25.

17のRCT(n=1064)の検討ですが、簡単に結果のみをまとめると、フェンタニル10-25μgの添加は、①術中に他の鎮痛法が必要となる事象を82%減少させる、②術中の悪心嘔吐を59%減少させる、③患者が術後に初めて鎮痛薬を要求する時間が91分延長する、④術中からのかゆみの訴えが6倍に増えるとのことです。術中の麻酔管理の質は向上しますが、術後鎮痛に関しては、あくまで私見ですが、1時間30分の延長効果は本当に有意義なのかな?という気がします。確かに硬膜外や静脈内鎮痛でフェンタニルを用いる場合と比較して、投与量を大きく減らすことができますので、副作用や乳汁分泌による胎児移行などのリスクを回避できる点で有効ですが、モルヒネの持続時間が欲しいと思う方はいないでしょうか?やはり呼吸抑制が気になるでしょうか?

 

ASA/ASRA よりneuraxial opioids 投与による呼吸抑制を回避、察知するためのガイドラインが、2009年に発行され、2016年に改訂されています。

Practice guidelines for the prevention, detection, and management of respiratory depression associated with neuraxial opioid administration. An update report by the American Society of Anesthesiologists task force on neuraxial opioids and the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine. Anesthesiology 2016; 24: 535-52

このガイドラインは帝王切開時のみではなく、すべての外科患者に対応しており、neuraxial opioids 投与のすべての方法、たとえばくも膜下、硬膜外投与、単回投与や持続投与など、投与オピオイドの種類、投与量など多岐にわたり詳細に解説されています。その中で、呼吸抑制を監視するために厳格にモニタリングすることを推奨しています。たとえばくも膜下モルヒネ投与後は、12時間後までは1時間ごとに呼吸数と鎮静度を評価し、パルスオキシメータなどの持続的なモニタリングを推奨しています。この体制は看護に過大な負担がかかるため、産後の鎮痛に大変有効なくも膜下モルヒネの利用率を減じることに繋がっているのでは?と不安視されていたようです。呼吸抑制低リスク群にとっては過剰すぎるモニタリングなのではと??そこであくまで合併症の少ない帝王切開妊婦を対象に、単回の低用量のモルヒネくも膜下投与に限定し、SOAPがコンセンサスステートメントを発表しています。

Bauchat JR, Weiniger CF, Sultan P, et al. Society for Obstetric Anesthesia and Perinatology consensus statement: monitoring recommendations for prevention and detection of respiratory depression associated with administration of neuraxial morphine for cesarean delivery analgesia. Anesth Analg 2019; 129: 458-74

呼吸抑制の患者リスクをベースに、モニタリングの方法を決めることを推奨しています。概要を示しますが、実際のフローチャートをご覧いただいたほうが分かりやすいと思いますので、ぜひ上記文献を読んでみてください。

A.   低リスクの健常妊婦

①  超低用量:くも膜下モルヒネ≦0.05㎎ 硬膜外モルヒネ≦1㎎

通常の術後管理、モニタリングでOK

ただし鎮痛効果が不十分となりやすいため、multimodal analgesiaとの併用を推奨

②  低用量:くも膜下モルヒネ0.05-0.15㎎ 硬膜外モルヒネ1-3㎎

通常のモニタリングに加え、2時間ごとの呼吸数と鎮静度の評価を12時間継続

③  高用量:くも膜下モルヒネ>0.15㎎ 硬膜外モルヒネ>3㎎

ASA/ASRAガイドラインに則る。

1時間ごとに呼吸数と鎮静度の評価を12時間継続、次の12時間は2時間ごとに監視

パルスオキシメトリやカプノグラフィなどのモニタリングを加えることを考慮

B.  リスクファクターのある患者

患者リスク:心肺合併症、BMI≧40、OSA、慢性オピオイドユーザー、高血圧

周術期リスク:全身麻酔での帝王切開、PACUでの低酸素イベントがあった、IV-オピオイドも併施されている、術中あるいは術後に鎮静薬(ベンゾジアゼピンや抗ヒスタミン薬など)が投与されている、妊娠高血圧腎症(子癇前症)でマグネシウムが投与されている。

以上のリスクを有する患者では、まずはモルヒネのくも膜下投与の是非を検討する。投与する場合は、術後のモニタリングは、ASA/ASRAガイドラインに則る。

 

モルヒネの投与量は、鎮痛時間と副作用のバランス、およびNSAIDsやAPAP、局所麻酔薬による区域麻酔などを用いたmultimodal analgesiaを考慮すると、低用量の0.1mg程度が至適量と思われますので、呼吸数と鎮静度の評価の術後指示は必要となるでしょう。