第30回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
今回はスガマデクスによるロクロニウムの包接が、後に投与された何かしらの薬物により解離される危険性はあるのかについてお話ししましょう。
スガマデクスはロクロニウムに対して作られた特異的筋弛緩回復薬ですので、当然、親和性は最も高くなっています。親和定数は、ロクロニウムと比較すると、他のステロイド系筋弛緩薬のベクロニウムでは、ロクロニウムの約1/2、パンクロニウムでは約1/6となっています。ロクロニウムとベクロニウムを併用することはないでしょうから問題はないのですが、筋弛緩薬以外の薬物を術後投与する場合には、この親和性が問題になることが想定されます。
たとえば、乳がん治療薬で抗エストロゲン薬のトレミフェンは、添付文書ではスガマデクス投与後6時間以降に投与することが推奨されています。それはなぜでしょう?トレミフェンは親和定数が、ロクロニウムの約1/6と、パンクロニウムとほぼ同じ親和性を有しているからです。もちろんロクロニウムとスガマデクスの親和性がより高いのですが、高用量のトレミフェンが投与されることで、血中濃度、分子数が急激に上昇し、スガマデクスとロクロニウムとの包接が解離され、再クラーレ化を起こしててしまう危険性があるからです。乳がん手術後すぐに投与されることはないと思われますが、念頭に置いておきましょう。
ロクロニウムはステロイド骨格を有する筋弛緩薬なので、内因性あるいは外因性ステロイドとの親和性はどうなんだと思われる方もいるでしょう。ロクロニウムの分子量は610ですが、ステロイドは全般に200-300台で分子自体が小さく、親和定数も非常に小さいのです。たとえばエストラジオール(エストロゲン)の親和定数は、ロクロニウムの1/25程度ですし、ベタメサゾンでは1/145とほぼ無視できる結合率になっています。つまりステロイドは、スガマデクスからロクロニウムを解離させる力はないのですが、なぜか海外の一部で経口避妊薬の効果が落ちる可能性が注意喚起されています。これは海外の(私が見たのはオーストラリアの)BRIDION添付文書ですが、そこには「PK/PDモデルのシミュレーションの結果、スガマデクス4㎎/㎏を投与した場合、プロゲステロン値が34%減少し、これは経口避妊薬を12時間飲み忘れていた状態に相当する」と記載されています(http://secure.healthlinks.net.au/content/msd/pi.cfm?product=mkpbridi)。つまりピルを服用している女性が、手術麻酔の際にスガマデクスの投与を受けた場合には、プロゲステロン濃度が減少し、その間の避妊効果が得られない可能性があるため、避妊のためにその他の手段を講じた方がいいというものです。これを受けて、ある病院での患者へ配布するリーフレットがcorrespondenceとして紹介されています(下部の添付資料:Williams R, et al. Anaesthesia 2017; 73: 133-4)。
この件に関する調査はあまり為されていませんが、ラットを用いた研究では、スガマデクスのプロゲステロンへの影響は認められませんでした(Et T, et al. Balkan Medical Journal 2015; 32: 203-7)。またヒト男性においても、アルドステロン、コーチゾル、プロゲステロン、テストステロンへの影響はなかったとのことです(Gunduz Gal G, et al. J Clin Anesth 2016; 34: 62-7)。最近、経口避妊薬を服用しているヒト女性を対象とした前向き観察試験において、スガマデクスの投与前後(4時間後まで)で血中濃度を測定した結果、エストロゲンおよびプロゲステロン値にスガマデクスの影響は認められていません(Devoy T, et al. Anaesthesia 2023; 78: 180-7)。
私は過剰な心配かなと思っていますが、これも患者さんに説明できる知識として覚えておきましょう。