第34回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
今朝は、脱分極性筋弛緩薬であるスキサメトニウムについて解説します。最近ではECTの際に使用するぐらいですから、みなさん薬物特性についてあまり知る機会がないかもしれないと思い、今回のテーマとしました。
皆さんご存知のとおり、スキサメトニウムの原薬製造所の2021年の行政処分により、国内における原薬製造が困難となったことに端を発し、一時、製薬会社からのスキサメトニウム製剤の供給が制限されました。ECTの際に、スキサメトニウムからロクロニウムへ変更する際の対応について検討を余儀なくされました。その後、日本薬局方に適合する原薬確保には至っていませんが、日本薬局方外の原薬を用いて製造した非日局の製品として承認されたことで安定供給が再開されています。
ロクロニウムなどの非脱分極性筋弛緩薬ともちろん作用機序が異なりますが、筋種への作用態度も異なります。ロクロニウムは赤筋(遅筋、母指内転筋で80%程度を占める)に効きやすく、白筋(速筋、横隔膜で50%程度を占める)に効きにくいという性質を有しています。つまり母指が動かなくとも、呼吸はできるというrespiratory sparing effectを示します。一方、スキサメトニウムは母指内転筋よりも喉頭筋などの呼吸筋に速く効きます。その点で、気管挿管には好都合の筋弛緩薬なのです(副作用がなければなのですが...)。成人ではED95は0.3㎎/㎏ですが、乳幼児では効きにくく、ED95は成人の倍くらいになります。スキサメトニウムが低分子で細胞外液中を移動しやすいため、細胞外液量の多い乳幼児では、濃度が希釈され効きにくくなるのです。
スキサメトニウムはアセチルコリンと同じく、筋型ニコチン性アセチルコリン受容体のα/ε(α/γ)およびα/δ接合部に2分子が同時に結合し、イオンチャネルを開放させることで脱分極をもたらします。脱分極後、つまり体表で観察される筋線維束攣縮後に筋弛緩作用が現れますが、投与法によって第一相遮断(phase I block)と第二相遮断(phase II block)の2通りの筋弛緩が発現します。
スキサメトニウムは神経筋接合部内の真性コリンエステラーゼにより分解されないため、反復性に受容体に結合し、さらに神経終末にも反復性発火を生じさせてアセチルコリンの放出を促し、終板の脱分極を持続させます。この際、顔面、上肢から下肢に向かい進行する筋線維束攣縮(fasciculation)が認められます。攣縮後、終板とその周囲筋膜上のNa+チャネルが不活化状態となり筋弛緩が生じます。これを第一相遮断といいます。スキサメトニウムが神経筋接合部から血中に拡散し、偽性コリンエステラーゼで分解されることで筋弛緩から回復しますので、作用時間は短く10分程度です。回復期には四連刺激やテタヌス刺激などの連続刺激を加えても、通常、減衰反応は見られないかあるいは軽度です。
これに対し第二相遮断とは、大量投与、反復投与あるいは持続投与により、脱分極型の作用が非脱分極型に似てくる現象で、その原因としては脱感作性ブロックやチャネルブロックが推定されています。小児に発現しやすく、吸入麻酔薬も発現に関連すると推定されています。その際は作用時間の延長とともに、連続神経刺激により減衰やテタヌス後増強が認められるようになり、抗コリンエステラーゼにより拮抗が可能となるのが特徴です。
投与する際に知っておかねばならない副作用について解説します。危機的症状も含まれ多岐に渡りますが、ぜひ覚えておきましょう。発現機序についても簡単に解説します。
1)徐脈、心停止
小児、とくに反復投与時に発生率が高くなります。心臓洞結節のムスカリン受容体刺激が原因とされており、初回投与後、スキサメトニウムの代謝物により心臓が感作されることで、次の投与時に徐脈が生じやすくなると推定されています。
2)高カリウム血症
スキサメトニウム投与後には、正常患者でも血清カリウムは一時的に0.5 mEq/L程度増加します。広範囲熱傷や筋挫滅、上位および下位運動ニューロン障害、廃用性筋萎縮などの患者では、アセチルコリン受容体の幼若化とアップレギュレーションが生じており、少量のスキサメトニウムによっても容易にかつ長く脱分極するため、心室細動を起こすまでの高カリウム血症を誘発します。
3)頭蓋内圧上昇
筋束攣縮時の筋紡錘から脳への求心性入力の結果、脳血流が増加します。
4)眼圧上昇
眼輪筋群の収縮と脈絡膜血流の増加によるものです。よって開放性眼損傷時には投与しない方が良いとされています。
5)胃内圧上昇
腹筋群の収縮によりフルストマックの際には胃内容逆流の原因となるため、プレキュラリゼーション等の処置が必要になります。
6)筋肉痛
筋線維束攣縮による筋膜損傷や炎症が原因と考えられます。術翌日に約半数の患者が筋肉痛を自覚します。
7)咬筋硬直
「Jaws of Steel」と呼ばれるほどに開口できない状態が数十分間持続することがあります。骨格筋への直接作用と考えられ、本症の発現と悪性高熱症との関連性も示唆されています。
8)悪性高熱症
ご存じのとおり、吸入麻酔薬とスキサメトニウムの投与が発症誘因となります。発症時は、迷わずダントロレンを投与しましょう。
9)アナフィラキシー
麻酔中のアナフィラキシーの約60%は筋弛緩薬を抗原として生じることが報告されていますが、そのうちロクロニウムとスキサメトニウムが上位を占めています。どの筋弛緩薬も有する4級アンモニウムが抗原ですので、他の筋弛緩薬との交叉反応性が高率に認められます。
10)長時間無呼吸
スキサメトニウムの筋弛緩からの回復が遷延する場合、異型コリンエステラーゼ血症を疑わなければなりません。ジブカインナンバー値で診断されます。