第38回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
今回はアセトアミノフェンの話をします。皆さんはmultimodal analgesiaとして、周術期に頻繁に使用していますから、その作用機序については当然よく知っていますよね!アセトアミノフェンは古くから安全に使用されていますが、実はその鎮痛機序は特定のものに絞られてはおらず、多くのメカニズムが推定されています。アセトアミノフェンはBBBを通過しますので、中枢神経に効いていることは想像できますが、たとえば私が挙げられる鎮痛機序としては、セロトニン鎮痛系、つまり下行性疼痛抑制系への作用、オピオイド受容体を介する作用、カンナビノイドを介した作用、TRPV1を介した作用、NMDAやNK受容体を介した作用、GABA受容体活性化作用と多くのメカニズムが関与していることが研究報告されています。安全で、シンプルな鎮痛薬としてわれわれは患者さんに投与していますが、その作用機序は非常に複雑なのです!
今日の話の後半で、セロトニン受容体に関連する論文を紹介する関係で、アセトアミノフェンの多くの鎮痛メカニズムの中で、セロトニン鎮痛系に関する機序をまずは簡単に解説します。下行性疼痛抑制系は橋の青斑核から脊髄後角に降りるノルアドレナリン系路と、延髄の大縫線核からのセロトニン系路がありますが、脊髄後角で一次および二次侵害受容ニューロン間のシナプス伝達を抑制し、痛みの伝達を抑える系で、アセトアミノフェンはその中でもセロトニン系に作用するという基礎研究や臨床研究があります。
たとえば、ラットにアセトアミノフェンを腹腔内投与すると、ホットプレートテストやフォルマリンテストで鎮痛効果が確認できている際、CNSのセロトニン(5-ヒドロキシトリプトファン:5-HT)濃度は量依存性に有意に増加します。その5-HTの増加は、L-トリプトファンから5-HTを合成する酵素であるL-トリプトファンヒドロキシラーゼを阻害すると、鎮痛効果が認められなくなり、CNSの5-HT濃度の増加も阻害されることから、アセトアミノフェンはセロトニン鎮痛系を介する鎮痛作用を有すると報告されています(Pini LA, et al. The antinociceptive action of paracetamol is associated with changes in the serotonergic system in the rat brain. Eur J Pharmacol 1996; 308: 31-40)。
やはりラットを用いた研究ですが、脊髄の下行性疼痛抑制系のセロトニン系路およびノルアドレナリン系路を、それぞれ個別に薬理学的手段を用いて損傷させます。その後、アセトアミノフェンを腹腔内投与して、フォルマリンテストにより注射部を舐めたり、噛んだりする疼痛関連動作をカウントしています。ノルアドレナリン系路が正常でも損傷されていてもアセトアミノフェンは鎮痛効果を示しますが、セロトニン系路が損傷されたラットでは鎮痛効果が有意に減少しました。つまりアセトアミノフェンはセロトニン系を賦活して鎮痛効果が得られることを示しています(Tjølsen A, et al. Antinociceptive effect of paracetamol in rats is partly dependent on spinal serotonergic systems. Eur J Pharmacol 1991; 193: 193-201)。
ヒトでのある臨床研究結果を紹介します。被験者にアセトアミノフェンを1g内服させ、経時的にその鎮痛効果を、正中神経への電気刺激時の痛覚閾値の変化から評価しています。アセトアミノフェン投与後は、投与前と比べて有意に痛覚閾値は上昇するのですが、事前に5-HT3拮抗薬であるトロピセトロンとグラニセトロンを静脈内投与した状態でアセトアミノフェンを服用すると、疼痛閾値の上昇は認められなくなります。私の知る限り5-HT受容体のサブタイプは7つありますが、そのうち5-HT3受容体を介するアセトアミノフェンの作用が示されたと判断されます(Pickering G, et al. Analgesic effect of acetoaminophen in humans: First evidence of a central serotonergic mechanism. Clin Pharmacol Ther 2006; 79: 371-8)。
以上の内容を把握したうえで、次の論文を見てみましょう!皆さんは麻酔中にアセトアミノフェンと、制吐薬として5-HT3拮抗薬のオンダンセトロンやグラニセトロンを併用していますよね?この相互作用について考えたことはあったでしょうか?私は先に示したアセトアミノフェンの鎮痛機序から、オンダンセトロンやグラニセトロンとの併用は、アセトアミノフェンの鎮痛効果を減じるのではないかと不安に思っていましたが、その結果が示されていますので紹介します。
Ratajczak N, et al. Increased postoperative opioid consumption in the presence of coadministration of 5-hydroxytryptamine type 3 antagonists with acetaminophen: a hospital registry study. Anesthesiology 2024; 141: 326-37
本研究は、5万人以上の全身麻酔下の日帰り手術の成人を対象としています。患者を、アセトアミノフェンのみ投与された群(5.8%)、5-HT3拮抗薬のみ投与された群(28.1%)、アセトアミノフェンと5-HT3拮抗薬のどちらも投与された群(57.9%)およびどちらも投与されなかった群に分類し、PACUにおけるオピオイド使用量を比較するといった単純な試験です。
アセトアミノフェンの投与量は中央値で1000㎎、mean(SD)が639(490)㎎で、使用された5-HT3拮抗薬はほとんどすべて(99.98%)がオンダンセトロン、投与量中央値が4㎎、mean(SD)が3.5(1.5)㎎でした。通常の臨床投与量と判断されます。PACUでのオピオイド投与量は、モルヒネ換算量として中央値で7.5㎎(range: 7.5-14.3mg)でした。
重要なポイントとして、アセトアミノフェンのみを投与された群では、PACUでのオピオイド投与量はマイナス5.5%となりましたが、5-HT3拮抗薬が併用されるとその効果が失われるという結果となりました。日々の臨床麻酔でアセトアミノフェンを投与した患者では、5-HT3拮抗薬の予防投与は控えて、悪心発現時にのみ使用する方がいいのかもしれません。あるいは悪心を何としても予防したい場合は、その他の制吐薬を用いるか、アセトアミノフェン以外の鎮痛手段を講じるべきかも?