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第39回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble

皆さん、年末ですね!今年も安全な周術期管理に努めていただきありがとうございました。来年も良い年を迎えられるよう祈念いたしております。

少し時間ができたので、モーニングではない時間ですが、久しぶりに更新します。

今日の話題は、fentanyl-induced cough(FIC)です。フェンタニルは麻酔そして周術期医療、集中治療や病棟患者の鎮痛に汎用されているオピオイドですが、本年末より大手製薬会社の輸入先であるフランスの工場での製品不良により、輸入がストップして大変な騒ぎになっています。それで何となくFICのことを思い出したのですが、 FICに関しては皆さん臨床麻酔で毎日のように経験しており、私もそうですが、生じて当然のことのようにやり過ごしているのではないですか?「咳出ますけど、薬のせいですからね!」と患者さんに話しかけている様子をよく目にします。ではなぜFICが生じるのでしょう?オピオイドは通常、コデインに代表されるように咳止めに使われており、中枢性に咳を抑制する薬物です。それなのになぜ麻酔導入の際は咳が生じるのか?予防法はないのか?と思われる方も多いのでは。FICはフェンタニルやそのアナログ薬をボーラス投与した後に生じますが、おそらくボーラス投与時の血中濃度の高さが影響して、中枢性の鎮咳作用とは逆の効果が出ていると思われます。通常は軽度で収まりますが、ある種の病態では頭蓋内圧や腹腔内圧の上昇が問題になることもあります。いざというときのために、機序と予防法を知っておくべきでしょう。今日はそれについてまとめてみます。

 

調べてみると、予防法については多くの研究がなされているのですが、メカニズムはいまだ解明されていなく、いくつかの説があるようです。ある総説よりご紹介します。

Chen R, et al. Mechanism and management of fentanyl-induced cough. Front Pharmacol 2020; 11:584177

1. フェンタニルはμ受容体のアゴニストですが、結合の求心性刺激により脳幹の刺激受容体が活性化し、遠心性に迷走神経を介し気管収縮と咳を誘発する。

2. 気管粘膜上迷走神経のC線維に存在するJ受容体の刺激で、気管収縮と咳を誘発する。

3. 中枢性の交感神経抑制により副交感神経の活性が高まり、気管収縮と咳を誘発する。

4. クエン酸は咳誘発作用を有するが、フェンタニルアナログはこの構造を含むため。

5. μ2受容体刺激による反応として、咳を誘発する。

6. ヒスタミン遊離に起因する。

 

次にFICを生じやすい患者特徴についてですが、下記の総説から引用します。

Tannous MC, et al. Fentanyl-induced cough-pathophysiology and prevention. Middle East J Anaesthesiol 2014; 22: 449-56

異論はあるようですが、

1. 年齢:乳幼児や小児に多い。

2. 人種:アジア人に多い。発現率はアジア人28%、欧州人3-6%

3. 喫煙:喫煙者で多いという結果と関係ないという結果があり、加えてlight smoker(<10本/日)では生じにくいが、heavy smokerではその効果はなくなるとも。見解が一定していません。

4. 投与量:2μg/㎏で6.6%、4μg/㎏で61%

5. 投与スピード:1.5μg/㎏を2秒、5秒、10秒で投与しても、発現率は変わらないという報告もあれば、長い時間をかけて投与した方が発現率が低減するとの報告もあるようです。

6. 投与ルート:末梢ルートより、CVからの投与で頻度が上がる。

 

それでは予防法です。

Ambesh SP, et al. A huffing manoeuvre, immediately before induction of anaesthesia, prevents fentanyl induced coughing: a prospective, randomized, and controlled study. Br J Anaesth 2010; 104: 40–43

非薬理学的な方法として、Huffing maneuverという手技があります。これは大きく息を吸わせた後、急速(5秒以内)に呼気を促します。肺機能検査の一秒率を計る感じと思われます。吐き終わると同時にフェンタニルを投与すると、この手技を用いない群の発現率32%に比し、4%に減少するそうです。肺の伸張受容体の事前刺激作用によるものと推測されています。

 

Sako S, et al. Swallowing action immediately before intravenous fentanyl at induction of anesthesia prevents fentanyl-induced coughing: a randomized controlled study. J Anesth 2017; 31: 212-8

嚥下をさせることも有用のようです(40%→14%)。迷走神経を刺激することで、FICの発現経路を抑えるとの推測です。

 

次に薬理学的方法を紹介します。たくさんあるので臨床に生かせるものだけを簡単に。

Golmohammadi M, et al. Comparison of the effects of pretreatment intravenous fentanyl or intravenous lidocaine on suppression of fentanyl-induced cough in children: a randomized, double-blind, controlled clinical trial. Electron Physician 2018;10:6877-83

フェンタニルの分割投与。最初0.5μg/㎏を投与し、1分後に2μg/㎏を投与した場合、前投与がない群の55%から32%に低減できる。

 

Lin W, et al. A small dose of remifentanil pretreatment suppresses sufentanil-induced cough during general anesthesia induction: a randomized, double-blind, placebo-controlled trial. BMC Anesthesiol 2019;19:164

レミフェンタニルの少量投与(0.3μg/㎏)も有効のようです。コントロール群の31%に比し、4.8%に軽減するそうです。

 

Kamei J, et al. Effects of N-methyl-D aspartate antagonists on the cough reflex. Eur. J. Pharmacol 1989; 168: 153–158

気管にはNMDA受容体が多数存在し、刺激により気管支痙攣や咳を誘発するそうです。ケタミンはNMDA受容体拮抗薬ですし、交感神経刺激作用があるので、1分前の0.15㎎/㎏前投与で、22%→7%に減少すると。

 

Agarwal A, et al. Salbutamol, beclomethasone or sodium chromoglycate suppress coughing induced by iv fentanyl. Can J Anaesth 2003; 50: 297–300

サルブタモールなどのβ2アゴニストの吸入もいいようです。もともと喘息で使用している患者ではいい適応かもしれません。15分前の吸入で効果があるそうです(28%→6%)。

 

Firouzian A, et al. Can low dose of propofol effectively suppress fentanyl-induced cough during induction of anaesthesia? A double blind randomized controlled trial. J Anaesthesiol Clin Pharmacol 2015; 31: 522–5

プロポフォールも気管支収縮を抑制するので、10㎎の前投与で効果があるようです。41%→9%に。

 

Phuvachoterojanaphokin N, et al. Low‑dose lidocaine attenuates fentanyl‑induced cough: A double‑blind randomized controlled trial. Eur J Clin Pharmacol 2022; 78: 813-21

リドカインの研究は多数あります。リドカインは気管支痙攣を抑える作用を有していますし、喘息の方の麻酔導入時にも頻用されますので効果は予測がつきますね。2分前の0.25-1㎎/㎏の投与が有効です。40%→15%程度に。

 

Yu MS, et al. Intravenous dexamethasone pretreatment reduces remifentanil induced cough. Korean J Anesthesiol 2011; 60: 403–7

デキサメタゾン10㎎の投与で、27%→7%に。肥満細胞の安定化でヒスタミン遊離抑制作用があります。PONV予防を兼ねて導入時の投与がいいかもしれません。

 

Horng HC, et al. Priming dose of intravenous rocuronium suppresses fentanyl-induced coughing. Acta Anaesthesiol Taiwan 2012; 50: 147–9

ロクロニウムのプライミングで、23.1%→9%。ドーズは0.06㎎/㎏が用いられていますが、この量だと筋弛緩作用が出てしまうので注意です。半分量でFIC抑制効果はどうかな?