第40回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
今回は自分が十分に理解していない糖尿病薬であり、肥満症治療薬でもあるグルカゴン様ペプチドー1(GLP-1)受容体作動薬について学んでみようと思います。糖尿病薬はこれまでとは異なる作用機序の薬も増え、それぞれ周術期の休薬管理や副作用について、麻酔科医は熟知する必要があります。GLP-1受容体作動薬の剤型として経口薬と注射薬があり、投与間隔も一日一回や週一回と多種の薬が使用されています。名前を記憶するだけでも大変ですね。
適応症:2型糖尿病
経口薬 セマグルチド(リベルサス®)
注射薬 リラグルチド(ビクトーザ®)1回/日
リキシセナチド(リキスミア®)1回/日
デュラグルチド(トルリシティ®)1回/週
エキセナチド(ビデュリオン®)1回/週
チルゼパチド(マンジャロ®)1回/週
適応症:肥満症
セマグルチド(ウゴービ®)1回/週
チルゼパチド(ゼップバウンド®)1回/週
まずはGLP-1受容体作動薬の作用機序についての解説です。摂食時、血糖の上昇によりインクレチンが小腸上皮細胞から分泌されます。インクレチンは数種のホルモンの総称で、この中にGLP-1が含まれます。GLP-1は膵β細胞からインスリンを分泌させますが、それだけでなくα細胞からのグルカゴンの分泌抑制、膵β細胞の増殖、食欲低下、体重減少作用を有します。GLP-1はDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)によりすぐに分解されてしまうので、GLP-1自体の半減期は数分と短いのですが、GLP-1受容体作動薬は持続性に受容体に作用することで血糖降下や体重減少をもたらします。DPP-4阻害薬(ジャヌビア®、グラクティブ®など)も術前診察時によく目にしますよね。これはインクレチン代謝を抑制することで同様の作用を得ます。
2023年、ASA newsroomに下記の声明がされました。
Joshi GP, Abdelmalak BB, Weigel WA, et al. American Society of Anesthesiologists consensus-based guidance on preoperative management of patients (adults and children) on glucagon-like peptide-1(GLP-1) receptor agonists. June 29, 2023.
GLP-1受容体作動薬は悪心・嘔吐などの消化器系副作用を有しますが、とくに胃内容排出遅延作用が問題で、全身麻酔導入時あるいは深鎮静時の胃内容逆流と誤嚥を増加させる可能性について危惧されていました。ケースレポートがベースで、ガイダンスを発するにはエビデンスが希薄ではありましたが、タスクフォースは当時、以下の推奨を発表しました。
① 1回/日用薬物の場合、手術当日の投薬は中止、1回/週用薬物の場合、一週間前の投薬を中止し、その上で他の血糖コントロール(インスリンなど)を講じる。
② 手術当日、重症の悪心・嘔吐、腹部膨満、腹痛が認められれば手術延期を考慮し、胃内容逆流と誤嚥に関し、外科医、患者と検討する。
③ 消化器症状がなければ、通常の方法で。
④ 消化器症状がなく、当日も投薬した場合はフルストマックを疑い、超音波にて胃内容を評価する。できなかった場合、フルストマック患者として対応する。
⑤ GLP-1受容体作動薬の適切な中止期間に関するエビデンスはない。
半減期の長いGLP-1受容体作動薬投与中患者における、胃内容逆流や誤嚥のケースレポートはいくつか報告されています。
Gulak MA, Murphy P. Regurgitation under anesthesia in a fasted patient prescribed semaglutide for weight loss: a case report. Can J Anesth 2023; 70: 1397-400
症例は48歳女性、BMI 28、肥満症治療目的で5か月前よりセマグルチド(半減期1週間)を週一回皮下注していました。それ以外のリスクはなく、固形食は20時間前、水分は8時間前に終了していました。脱窒素後、フェンタニル、リドカイン、プロポフォール、ロクロニウムを投与し、円滑にマスクバック換気を開始して20‐30秒後、突然に大量の透明な液体を吐き戻しました。すぐに側臥位にし、200mlを超える胃液を吸引したというケースです。恐ろしいですよね!
Klein SR, Hobai IA. Semaglutide, delayed gastric emptying, and intraoperative pulmonary aspiration: a case report. Can J Anesth 2023; 70: 1394-6
42才男性、胃食道逆流によるバレット食道のため上部内視鏡による粘膜アブレーションを要しました。2か月前より、肥満症治療のためセマグルチドを週一回投与しており、ファスティングは18時間でした。鎮静のためフェンタニルとプロポフォールを投与し、内視鏡を挿入したところ、胃内には大量の水分と固形物が残っている状態でした。吸引後すぐに気管挿管し、気管内を内視鏡で確認したところ、胃内容物の誤嚥を認めました。コワッ!!
この2例とも運よく術後肺合併症は生じなかったようですが、麻酔科医にとっては非常に恐ろしい事象であると痛感します。このようなケースの存在を知ると、やはりASAの声明のように厳格な休薬やフルストマックに備えた麻酔管理が必要と感じてしまいます。しかしその後、GLP-1受容体作動薬は休薬すべきか否かの考え方が変化しています。
2024年10月のASA newsroomに下記のタイトルでニュースが掲載されました。
“Most patients can continue diabetes, weight loss GLP-1 drugs before surgery, those at highest risk for GI problems should follow liquid diet before procedure”と、ほとんどの患者ではGLP-1受容体作動薬を周術期に継続できることを声明しましたが、誤嚥リスクが高い患者では術前のliquid diet(下記recommendation 2 aをご参照ください)を要するという点は、当院では実行可能でしょうか?米国では糖尿病、肥満症、心疾患の患者で、8人に1人がGLP-1受容体作動薬を使用しているとのことですから、麻酔科医にとっては大変重要な情報になったことでしょう。これはASAを含む、American Gastroenterological Association、American Society for Metabolic and Bariatric Surgery、International Society of Perioperative Care of Patients with Obesity、Society of American Gastrointestinal and Endoscopic Surgeonsの多学会で作成された下記のガイダンスに基づく声明となっています。
Kindel TL, Wang AY, Wadhwa A, et al. Multisociety clinical practice guidance for the safe use of glucagon-like peptide-1 receptor agonists in the perioertive period. Surg Obes Relat Dis 2024; 20: 1183-6
エビデンスが少ないため、evidence-based guidelineではなく、ガイダンス(助言や示唆レベルと思われます)であることが示されています。現時点では、あくまで薬理学や臨床経験に基づくものであり、今後もエビデンスが得られるごとに修正されていくものでしょう。
Recommendation 1:
a) 周術期のGLP-1受容体作動薬の継続に関しては、チームで、つまり患者を含めた麻酔科医、外科医、処方医で、個々の患者でのリスク(たとえば中止による高血糖リスク、継続による誤嚥リスク)を考慮したうえで意思決定を行う。誤嚥リスクとして、以下のことを考慮する。
1.増量期(おそらく4-8週くらい):維持期と比べて、胃内容排泄遅延が生じやすい。
2.高用量:胃腸系副作用が多い。
3.週一回の投与:日ごとの投与よりも胃腸系副作用が多い。
4.胃腸系副作用:悪心、嘔吐、腹痛、消化不良、便秘などの症状がある場合は、胃腸通過時間が遅延しているかもしれない。
5.本薬以外に胃腸機能の低下を示す状態(パーキンソン病など)の有無
たとえば増量期であるとか、副作用が顕著であれば、可能なら手術を延期することを検討すべきで、上記のリスクに応じて、患者ごとに決めるべきである。
b) 上記のリスクがない患者では、GLP-1受容体作動薬の継続した方がよいであろう。胃内容排泄遅延のリスクがある場合、GLP-1受容体作動薬の休薬については、高血糖リスクとのバランスで検討するべきである。
c) 休薬すべきと判断された場合の休薬期間に関してはわかっていない。ASAのオリジナルのガイダンスに従い、一日用薬物であれば手術当日、一週間用薬物であれば一週前より休薬する。消化器症状を手術当日に再確認するべきである。
Recommendation 2:
誤嚥リスクを最小にするために下記を考慮する。
a) 少なくとも術前24時間はliquid-only dietとする。
b) 手術当日、胃内容残留が懸念される場合、point-of-careの超音波検査を行う。
c) 胃内容残留が懸念される場合、迅速導入のリスクベネフィットおよび手術延期について患者に説明し、共同意思決定する。