第41回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
今回はAlpha-Gal syndrome(AGS)についての話です。皆さんはこの疾患名をお聞きになったことはありますか?麻酔科領域ではあまり馴染みがないのですが、珍しい機序でアナフィラキシーをきたす症候群ですので、麻酔科医の知識として持っておいた方がいいと思います。この症候群は2008年、抗がん剤であるセツキシマブ構造内の”Galactose-α-1,3-Galactose(α-gal)”へのアナフィラキシーとして、NEJMに初めて報告されています(Chung CH, Mirakhur B, Chan E, et al. Cetuximab-induced anaphylaxis and IgE specific for galactose-α-1,3-galactose. N Engl J Med 2008; 358: 1109-17)。α-galとはgalactose-α-1,3-galactoseのことを表し、ウシやブタ、鹿、ウサギなどの哺乳類の赤身肉に含まれるオリゴ糖の一種です。ヒトには存在しないオリゴ糖ですが、これが原因となってアレルギーやアナフィラキシーを生じるのがAGSです。ヒトは通常、赤身肉を食して何も問題なく生活していますが、ある機会によりα-galに対し抗原性を獲得するのです。その機会とは“マダニ咬傷”、マダニに咬まれることです。米国南東部に多く発生しているのですが、下の写真のような“the Lone Star Tick(Amblyomma americanum)”がAGSに最も関与していると、CDCホームページにトピックとして掲載されています。アジアに生息するマダニもAGSを生じさせるので、本邦でも発症例が報告されています(Hattori N, Matsumoto M, Chinuki Y, et al. Two cases of α-gal syndrome caused by ingestion of wild boar meat. Arerugi 2024; 73: 995-9)。
https://www.cdc.gov/alpha-gal-syndrome/about/index.html
Zhan M, Yin J, Xu T, et al. Alpha-gal syndrome: An underrated serious disease and a potential future challenge. Global Challenges 2024; 8: 2300331
動物を刺したマダニの消化管や唾液内にα-galが存在し、そのマダニが人を咬むことでα-galが人体に注入されます。そのα-galを抗原と認識して、IgEが産生され感作されるのです。感作後は赤身肉を食した2-6時間後と遅発性にアレルギー症状が起こります。それまでは赤身肉を普通に食しており、食べてからのタイムラグが長いため、なかなかAGSと認識されにくいようです。
このred meat allergyと麻酔に何の関連性があるのでしょう?
それはα-galを含む薬物を麻酔中に使用することで、AGS、アナフィラキシーショックが生じる可能性があるのです。
Leder J, Diederich A, Patel B, et al. Perioperative considerations in alpha-gal syndrome: A review. Cureus 2024; 16: e53208
α-galを含む物質は、アラキドン酸、ゼラチン、グリセリン、ヘパリン、乳酸、ラクトース、ラノリン、ステアリン酸マグネシウム、ミルクプロテイン、モノクローナル抗体、ミリスチン酸、オレイン酸、ステアリン酸、トロンビンがあります。
回避すべき薬(成分)としては、
・ プロポフォール(グリセロール)
・ ヒドロモルフォン経口薬および静注薬(グリセリン、ラクトース、ステアリン酸マグネシウムなど)
・ アセトアミノフェン錠剤(ゼラチン、グリセリン、ラクトースなど、#静注薬は安全です)
・ ミルリノン(乳酸)
・ バソプレシン(乳酸)
・ 抗凝固薬と抗血小板薬は、ヘパリンやアスピリンなどを含めほとんどが危険薬です(安全なのがアルガトロバンのみ)
以上より、麻酔中に問題になるのはプロポフォールとヘパリンということになります。ヘパリンはブタの腸粘膜由来成分ですので、とくに注意が必要です。またわれわれが注意をしていても術野で使用される薬剤、例えば止血用製剤でゼルフォーム®(ゼラチン)などにも気を配る必要があります。
吸入麻酔薬、バルビツレート、フェンタニル、レミフェンタニル、筋弛緩薬、スガマデクス、リドカインは安全ですので、多くの麻酔にはあまり支障がないと考えていいでしょう。
Nourian MM, Stone Jr CA, Siegrist KK, et al, Perioperative implications of patients with alpha gal allergies. J Clin Anesth 2023; 86: 111056
アナフィラキシー対策のmainstayは抗原回避ですが、AGSと診断されていない患者がほとんどでしょうから、いかにα-galに感作されている患者を術前にスクリーニングするかという点です。既往歴聴取の際に、赤身肉やゼラチンを含有する薬(アセトアミノフェンなど)、ワクチン(ゼラチンを含みます)でのアレルギー歴、マダニ咬傷歴を確認することが重要になります。疑いがある患者では、血液検査にてα-galに対するIgE抗体を検索し、確定診断を得なければなりません。
血液型によってAGSの発症頻度が異なるそうです。B抗原の構造がα-galと似ているため、B型およびAB型はα-galに耐性があり、A型とO型の場合、α-gal抗体ができやすいようです。
心臓血管外科にて通常ヘパリンを投与すべき手術では、アルガトロバンへの代替療法の検討が必要です。抗体価が低値であればステロイドなどの術前投与下にヘパリンも使用可能かもしれませんが、本邦ではむしろ診断されていない患者がほとんどなので、ヘパリン投与でショックになり、はじめてAGSが疑われるケースを経験するかもしれませんね。