第43回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
若手の先生向けに、電車の移動時間などで気軽に麻酔科専門医試験に触れていただこうと思い、これまでの文献紹介などとともに試験問題の解説もしてみようと思います。以下は、2024年度第63回麻酔科専門医試験問題の最初の問題です。まずは解いてみてください!
【63A1】サージカルスモークについて正しいのはどれか。2つ選べ。
A 生細胞を含まない。
B 電気焼灼で発生する。
C 超音波メスでは発生しない。
D 炭酸ガスレーザーでは発生しない。
E 標準的サージカルマスクでは除去できない。
「サージカルスモーク」、耳にしたことはありますか?手術中に電気メスなどのエネルギーデバイスによって生じる煙のことを指しますが、日常的に見ているけど学術的に気にしたことがなかったという人がほとんどかなと思います。電気メスは電子の流れ、つまりは電流を作り、それが組織の抵抗に触れた際、電子の運動エネルギーが熱エネルギーに変わり、ジュール熱が発生します。ジュールの法則とはQ(ジュール熱)=RI2t(抵抗×電流2乗×時間)で表されますので、組織抵抗が高いほど、電流値が高いほど、電流を流す時間が長いほどジュール熱が高くなります。その分、サージカルスモークも増えることになります。ですので、手術時間、術者のテクニック、焼却する臓器等によってもスモーク量は変わってきます。電気メスのみでなく、超音波やレーザーユニットでも同様にサージカルスモークは発生します。
このサージカルスモークは、大部分は二酸化炭素と水蒸気ですが、生細胞や死細胞、細菌やウィルス、ベンゼンやホルムアルデヒドなどの発癌性を有する揮発性有機性化合物も多数含んでいるため、過度の吸引により健康被害のリスクがあることに注意しなければなりません(下図参照 Benaim EH, Jaspers I. Surgical smoke and its components, effects, and mitigation: a contemporary review. Toxicol Sci 2024; 198: 157-68)。

サージカルスモークに曝露するのは外科医が主になりますが、手術室内に拡散しますので、麻酔科医にも当然影響があります。

スモーク内の含有物の大きさですが、一般的にヒトの細胞は10㎛、細菌は3㎛、ウィルスは0.1㎛くらいですから、花粉30㎛と比べると大分小さいものになります。粒子状物質を吸引した場合、径が<10㎛であると上気道や気管に留まり、<2.5㎛だと肺胞まで到達、<0.1㎛であると肺胞血管バリア(血液空気関門)を越えて血流に入るそうです。
サージカルマスクによる防御性能ですが、写真のように当院で現在使用されているマスクにはASTMという米国の基準が記されています。本邦にもJIS規格がありますが、制定されたのが2021年と最近で、2020年の新型コロナ感染予防に対応する性能を整備する必要があったようです。

この規格の中に、Bacteria filtration efficiency (BFC:細菌飛沫捕集効率)、Particle filtration efficiency (PFC:微粒子捕集効率)とありますが、BFCは約3㎛の細菌を含む粒子をどれだけろ過できたか、PFCは約0.1㎛の粒子がどれだけろ過できたかを表します。当院のマスクは99%以上と、当然のことながらJIS規格をクリアしています。このサージカルマスクでウィルス感染をすべて回避できるかというと、そうではありません。ウィルスは0.1㎛よりも小さい種は多く存在し、たとえばHBVは0.045㎛、HPVは0.05㎛など、0.1㎛よりもさらに小径の有害ウィルスが存在します。新型コロナ患者の対応時に装着していたN95マスクは、0.075㎛以上の粒子を95%以上捕集する性能を有しており、結核や水痘、麻疹などの患者対応に使用されています。
サージカルスモークの吸引による急性症状としては、頭痛やめまい、悪心、咳、喉の炎症、流涙、悪心、疲労感などが生じ、慢性的なリスクとしては、肺炎や慢性気管支炎、肺気腫、肺線維症などの肺疾患のみでなく、心血管疾患や血液疾患を生じることが報告されています。またサージカルスモークはがん細胞のキャリアーにもなり、肺癌など多種癌の発がん性リスクの増加に繋がります(下表参照 Kahramansoy N. Surgical smoke: a matter of hygiene, toxicology, and occupational health. GMS Hyg Infect Control 2024; 19: Doc14. doi: 10.3205/dgkh000469. eCollection 2024)。遺伝子の変異原性にも関連することがわかっており、1グラムの組織を焼却する際に発生するスモークによる変異原性の可能性は、フィルターなしのたばこ6本分の吸引と同等とのことです。

問題の解答は、B、Eです。正解してましたか?

