第48回 Anesthesia Morning Café – Professor’s Wake-Up Bibble-Babble
2024年度第63回麻酔科専門医試験問題の63B44です。今回は筋弛緩に関する内容です。まずは問題を解いてみてください。問題文は簡略化してあります。
【63B44】72歳男性、50㎏。急性胆嚢炎でLAP-C。フェンタニル、レミフェンタニル、プロポフォールで麻酔導入。EMG式筋弛緩モニターで母指内転筋モニタリング。ロクロニウム30㎎投与。TOFカウント0になり、気管挿管したが、咳が生じた。咳が生じた原因を3つ選べ。
A ロクロニウムにより横隔膜が完全遮断されていないため
B ロクロニウムに対する呼吸筋のrespiratory sparing effectのため
C 横隔膜の方が、母指内転筋よりもロクロニウムの作用発現が遅いため
D 咽頭筋の方が、母指内転筋よりもロクロニウムに対する感受性が高いため
E 横隔膜の方が、母指内転筋よりもロクロニウムに対する感受性が低いため
臨床で筋弛緩状態をモニタリングする母指内転筋と呼吸筋である横隔膜や喉頭筋における非脱分極性筋弛緩薬の作用発現と感受性の関連性に関する問題です。一部、引っ掛かりやすい内容ですので解説しておきます。
基本的に母指内転筋や小指外転筋に比較して、呼吸筋は非脱分極性筋弛緩薬に抵抗性を示します。これをrespiratory sparing effect、日本語にすると呼吸運動遺残効果と呼んでいますが、まさに呼吸筋はロクロニウムが効きにくいということを表現しています。狩猟民族がクラーレ(d-ツボクラリン)を吹き矢に塗り、動物を射抜きますが、徐々にクラーレが効きだすと感受性の高い四肢筋に筋弛緩効果が発現し動けなくなります。ただしその際、呼吸筋は筋弛緩効果に抵抗し呼吸は残るため、肉は新鮮なまま腐敗しにくい状態で保たれます。クラーレが作用している肉を食したとしても、胃内から全身に吸収されることはありませんので、クラーレは狩猟にはもってこいの矢毒なのです。ちょっと脱線しますが、なぜ全身吸収されないか説明できますか?Henderson-Hasselbalchの式を思い出してみましょう。pH = pKa + log [非イオン型]/[イオン型]、胃液のpHは1、d-ツボクラリンのpKaは9、つまり胃内ではd-ツボクラリンはほとんどがイオン化しています。イオン型の薬物は全身吸収されませんので、そのまま便中に排泄されます。
本線に戻りますが、母指内転筋と呼吸筋でロクロニウムへの感受性が異なるのはなぜでしょう?最も関連するのが筋組成とアセチルコリン受容体(AChR)密度です。骨格筋は赤筋と白筋より構成されます。赤筋は持続性の運動に耐えれるよう、白金は素早い動きができるようそれぞれの機能を担っており、赤筋は遅筋、白筋は速筋と呼ばれています。赤身のマグロが酸素を取り込むためにずっと泳いでいることや、白身のヒラメが普段は海底でじっとしていて、餌をとるときに瞬時に動くことをイメージしてもらえれば覚えやすいでしょう。筋によってこの赤筋:白筋比率が異なり、母指内転筋は赤筋が約80%と大半を占め、横隔膜は赤筋と白筋がほぼ50%ずつの構成となってます。赤筋に比べて、白筋のAChR密度は高いため、ロクロニウムが効きにくく、つまり白筋の比率が多い横隔膜はロクロニウムへの感受性が低いのです。また脱線しますが、脱分極性筋弛緩薬のスキサメトニウムは逆に白筋で効きやすいので喉頭筋や横隔膜で効きやすく、重篤な副作用がなければ気管挿管時には適した筋弛緩薬なのです。
ここまでの解説ですでに解答は可能で、正解はA、B、Eですね。
ただし、感受性以外にも作用発現のことを理解しておかないとCの選択肢を否定できません。基本的に非脱分極性および脱分極性筋弛緩薬のどちらでも、四肢の末梢筋よりは、呼吸筋などの中枢筋の方が速く効きだします。これは筋弛緩薬の神経筋接合部への移動が血流量や血流速度に依存するからです。呼吸筋ではラグタイムが少なく、速く効きだすのですが、その後どの程度までブロック率が進むかは感受性との関連性を考慮する必要があります。そこでこの設問の体重50㎏に対し、ロクロニウムが30㎎しか投与されていないことに気づく必要があります。ロクロニウムのED95は0.3㎎/㎏ですので、気管挿管量としては安全率をもってその2倍量である0.6㎎/㎏と設定されています。ただしこの0.3㎎/㎏という値は、母指内転筋に対するED95であることを忘れてはなりません。横隔膜などの呼吸筋は先ほど説明したとおりロクロニウムは効きにくく、ED95は0.5㎎/㎏ですので、横隔膜の完全遮断を目指した気管挿管量は1㎎/㎏でなくてはなりません。体重50㎏に対し、ロクロニウムが30㎎、つまり0.6㎎/㎏しか投与されていない状態では、下図のように横隔膜での筋弛緩反応はより速く始まりますが完全遮断にはならず、母指内転筋では筋弛緩作用が遅れて発現するのですが途中で作用が逆転し、TOFカウントが0になります。

この状態で気管挿管すれば、気道刺激で横隔膜運動、つまり咳反射が生じます。筋弛緩効果を発揮する十分量、たとえば1㎎/㎏のロクロニウムが投与されていれば、呼吸筋の方が速く完全遮断されますので、母指でTOFカウント0が得られていれば、体動なく気管挿管を遂行できるというわけです。ご理解いただけましたか?当科で発表した論文の結果は、まさにこの事象を物語る結果になっていますので紹介します。
Takagi S, Sugaya N, Kiuchi N, et al. High‑dose rocuronium‑induced paralysis of the adductor pollicis muscle facilitates detection of the timing for tracheal intubation in elderly patients: a randomized double‑blind study. J Anesth 2020; 876-80
ロクロニウムを0.6㎎/㎏あるいは1㎎/㎏投与後、母指内転筋でTOFカウントが0になった際に気管挿管した場合の挿管状態を比較しました。挿管状態は喉頭鏡挿入のしやすさ、声帯の開大度、挿管時の咳反射の有無によりExcellent、Good、Poorにランク付けしています。Poorは気管挿管には適さない状態との評価になります。結果として、1㎎/㎏投与群では20例中全例がExcellent であったのに対し、0.6㎎/㎏投与群ではExcellentは0で、Goodが11例、Poorは9例も認められました。声帯が動いていたり、閉鎖している状態で気管挿管すると、術後嗄声の頻度が増えたり、血腫などの声帯損傷を生じますので、挿管時のロクロニウムは十分量を投与する必要があるのです。
Dの選択肢「咽頭筋の方が、母指内転筋よりもロクロニウムに対する感受性が高いため」は、この内容自体は正しいのですが、咳反射とは何の関連もないため、ここでは誤った選択肢となります。咽頭筋は上気道筋で、軽微な筋弛緩の残存でも抜管後の上気道閉塞の原因になってしまいます。母指内転筋で客観的に残存筋弛緩を否定することが最低条件で、抜管後も上気道閉塞がないかしっかり呼吸状態を観察しましょう!

